お祭り擬人化をはじめて、わりと日和佐のちょうさは観察しているつもりなのですが、どうしても十分ではないところが……。
それは、雲板部分(ふとんを受ける台)の彫刻なのですが、残念ながら、しめ縄によって完全には顕になっておりません(ToT)
桜町などしめ縄が大きすぎて全滅な次第でありまして、組み立てに関わる若連中以外は、まじまじと見る機会はないのではないでしょうか。

(しめ縄が大きすぎて彫刻が見えない(汗)
一見学者としましては、その合間からチラ見するしかないわけでして、ざっと見たところ、日和佐のちょうさは、瑞獣に代表される彫り物がメインであると思います。
特に前面に竜をもってくるところなどは、雨乞いというよりは、漁師町的に水のカミ様を意識した作りに。
本町には、霊獣としての亀だと思ったのですが、よく見ると魚とセットで、しかも反対側には鶴っぽい彫刻があったりして、治水を願う意味合いではないのか?と思ったり。
また、ほぼ全町、木鼻には、威厳を表すためか仏教美術的な施しなのかは知りませんが、唐獅子が。
桜町には獏?っぽい木鼻でおめでたい感じであります。
中村町にも獏?っぽい木鼻がありますが、彫刻の裏地の青っぽい部分と、カチコミ風の部分が謎であります。

(他の町にはない風格)
その点、奥河町はしめ縄を前方にしか締めていませんから、彫刻見放題!でして、全面、唐獅子牡丹で潔が良い!
一見すると、バリエーションが不足しているような感じもしますが、一貫したメッセージを発しているのは奥河町だけだと思います。

法話的に言うと、唐獅子牡丹の意味するものは、「安心して身を寄せられる安住の地はどこにあるか?」ということ。
めちゃめちゃ強くて怖いものなしの獅子でも、自分の体毛の中の虫だけには勝てない。しかし、牡丹から滴り落ちる夜露に濡れると虫は死んでしまうので、獅子は牡丹の下で寝るそうな。
確かに、奥河町の木鼻は、ちゃんと牡丹の下に唐獅子が休んでおりまして、他の町の木鼻(唐獅子)とは意味合いが違っているように思います。

小さい声でいいますと、奥河町は他の町よりも組み立てが少し甘くて、いつもどこかが歪んでいたりシワが寄ったりしております。だから、過去の時代、しめ縄をうっかり締め忘れてしまったのが伝わってしまい、現在のような形になっているのではないか?
とその構造的な違和感と他の町との比較をもって見ていたわけであります。
しかし、浅はかでしたm(__)m
聖と俗を仕切るしめ縄を奥河町の木鼻に引っ掛けしまうと、牡丹と獅子を隔ててしまい、そこが安住の地ではなくなってしまうおそれが。
ゆえにか、心のよりどころを守るために、あえてしめ縄を木鼻に引っ掛け巻かない方針なのではないでしょうか?
と、またもや勝手な想像をしておりまして、こういう点も考えてみたいなと思っている次第で……。
つまり、まとめますと、奥河町以外の彫刻の部分が、
「気になります!」←千反田えるっぽく
よかったら、写真など情報をお寄せ下さいm(__)m
