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お休みと、これからのこと

 ずいぶんとご無沙汰しております。

 

 最後の更新からずいぶん空いてしまいました。平成三十年の秋祭りの記事が最後ですから、あれから平成が終わり、令和も八年になってしまったことになります。我ながら、よくもまあ放ったらかしにしたものです。

 

 この間、こちらもいろいろとありまして、そのままずるずると休止ということになりました。続きを待ってくださっていた方には、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

 平成二十五年の秋にノリと勢いだけで始めたこのページも、気がつけばマンガは二十一回を数えました。各町のちょうさを勝手に擬人化するという、我ながら酔狂な思いつきに、ずいぶんたくさんの方がお付き合いくださいました。写真や資料を貸してくださった方、聞いたこともない昔話を教えてくださった方、「次はうちの町を描いてくれ」と声をかけてくださった方。本当にありがとうございました。

 

 さて、この先どうするか。ずいぶん迷いましたが、このページはアーカイブとして残しておくことにしました。

 

 トップに掲げていた「Inheritance is more important than development!」――発展よりも継承のほうが大事だ、という考えは、今も変わっていません。むしろ、自分の手が止まってしまった今だからこそ、そう思います。

 

 たとえば、動画のことです。

 

 始めたころは、日和佐の祭りの映像がインターネットにほとんどありませんでした。だから撮って、YouTubeに上げました。まずは、こんな祭りがあるんだと知ってもらいたかった。映像で残しておけば、いつか誰かの役に立つだろうとも思っていました。

 

 それが今では、誰もがスマホで撮って、その日のうちに上げてしまいます。こちらよりずっといい画で、ずっと早い。しかも、ひとりで撮って回れる場所などたかが知れていますから、そこには自分ではとてもカバーできない情景がいくらでも上がってきます。ありがたいことです。

 

 そうなってみると、あれはもう自分の役目ではないな、と感じました。

 

 そういうわけで、以前アップしていた動画は、いまはもう残していません。記事の中にぽっかり空いた箱があるのは、そのためです。申し訳ありません。

 

 新しいものを作り続けることだけが、祭りを守ることではないはずです。ちょうさは、毎年おなじように見えて、少しずつ変わっていきます。布団が新調され、法被が新しくなり、担ぎ手の顔ぶれも移っていく。その一方で、百年も二百年も前に彫られた彫刻は、そのまま同じ場所に残っている。変わっていくものと、変わらずに受け継がれてきたもの。そのどちらも、誰かが書き留めておかないと、案外あっさり忘れられてしまいます。

 

 ここに置いてある写真も、聞き書きも、そこから膨らませた妄想も、いつか誰かが「昔はこうだったのか」と思い出す手がかりくらいにはなるかもしれません。それなら、下手に畳んでしまうより、このまま置いておくほうがいい。そう考えた次第です。

 

 もうひとつ、書き残しておきます。

 

 なぜ全員を女の子にしたのか。答えは単純で、日和佐のちょうさが雌だからです。布団太鼓には雄太(おんた)と雌太(めんた)があり、トンボが上を向いていれば雄、下や横を向いていれば雌。日和佐のものは、すべて雌太です。くわしくは昔書いた「ちょうさは男か女か?」をご覧ください。

 

 なぜ女にするんだ、という声も耳にしました。それでも、メスだからメスにした。それだけのことです。

 

 絵解きの解説漫画にはしたくありませんでした。祭りを知らない人が、まず手に取ってくれるものにしたかった。かわいくしたのは、そのためです。

 

 祭りというのは、誰かが誰かに渡していくことで続いてきたものだと思います。太鼓の打ち方も、差し上げの掛け声も、そうやって受け継がれてきたはずです。このページも、その末席に置いていただければ幸いです。

 

 マンガのPDFはこれまでどおりダウンロードできますので、ご自由にお持ち帰りください。印刷も、どうぞご遠慮なく。

 

 もし、いつかまた続きを描ける日が来たら、そのときはまたここでお知らせします。

 

 それまで、ゆっくりご覧になっていってください。

 

またいつか

2026/08/02