日和佐八幡神社・秋祭りの太鼓屋台の彫刻を見て、あれやこれや言ってやろうという企画の第三弾。
今回は、「西新町」であります。
西新町は、現在の桜町の屋台から“暴れ対策”として重く作り替えられました。素材は黒檀で、よく戎町と一位二位を争う重さであるといわれますが、おそらく骨格や材質上、西新町の方が重いのではないかと思われます。
さすが二代目というのか、時代の雰囲気とでもいいましょうか、太平楽な時代を引きずった可愛らしいものではなく、かなり厳つくて洗練されたデザインであります。
それでは詳しく見て行きましょう。
まず正面。堂々とした竜であります。
正面右側・東は、菊と金鶏。
正面左側・西は、鷹と松。
そして背面は、唐獅子二匹。
ざっと眺めても見事な作りであります。
木鼻こそ獏から変更されましたが、初代同様、尾垂木が突き出ていて、堺型の原型はきっちりと受け継いでおります。
西新町最大の特徴は、丸桁(がぎょう)にも狛犬がくっついていて、その数、木鼻と合わせると16匹も睨みをきかせてガード万全!であります。
この丸桁には、烏帽子ひらたれを引っ掛けるという便利な役割もあります。芸の細かいことに、長押の部分には、日和佐らしく亀。
改めて、彫刻を眺めてみましょう。
正面右側・東は長寿でも願っているのか金鶏と丸桁にはカニ。
正面左側・西は力を誇示するかのように鷹と丸桁にはトンボ。
背面は二匹の唐獅子がかぶりついて一塊となっており、たぶん「太極」の状態を表しているものと思われ、まじまじみると背面は唐獅子が10匹もいるという全面唐獅子の奥河町もびっくりの彫物であります(汗
ちなみに丸桁には蝶。
さらに目を凝らすと、組物ひとつひとつにも細かな彫りがあって、恐るべし美意識であります。
第一印象は最後にやってくるとは言いますが、こうしてみると、やっぱり桜町の初代と西新町の屋台は、形は違っても姉妹だなぁと思うわけです(;´Д`)
彫刻に関係はないのですが余談として――、
嘘か本当か、西新町のちょうさには天井があって、昔はオスだったのではないか?と言われておりますけれど、真相は不明。
桜町の記録では、当時から天井もなくメスだったようなので、もしかするとデザイン変更というよりは性転換?!という疑惑もありますが、そのへんは、戎濱を取り上げる際、触れてみたいとおもいますm(__)m

禰宜も大好き?西新町







