ごきげんよう☆彡
カミ様の中でもぶっちぎりで人気、ご利益のデパート八幡うるふですわ。
前回は、私のお庭(境内社)の神社をご紹介しましたけど、今回は私自身(八幡神)のことをもう少し詳しくご紹介しますわ。
ちまたでは、「謎多き八幡神」として語られ、変な宗教学者の方には韓国のカミ様とか言われていますの。困ったものですわ(;´∀`)
まあ、私はいろんなものと習合しちゃいましたから、ちゃんと理解されていないのかもしれませんわね。だから今日は、それを言っちゃおしまいだ!的な知られざる私のヒミツを教えてさしあげますわ☆

今回も、少し長くなりそうだから、もくじを置いておきますわ。そうそう、進めるにあたって、私の声は、声優の井上麻里奈さんを当てて読むとよろしくてよ。
八幡神の構造
はじめに断っておきますわ。
私の地元・九州の風土記なんかには、「中国やら韓国のカミ様だったけど日本に来た」とか書かれていますけど、この部分だけ引いて断定するのはナンセンスですの。
なぜなら、日本という国は、文明の終着地であり、いわば、世界で一番ガッツのある外来者が作り上げた自然発生的な国であることを念頭に置いていただきたいものですわ。
これを言ったら元も子もないですけど、遺伝的にたどれば、全人類、南アフリカのメスゴリラに到達するはずなんですの。たぶんDNA的には、今上天皇はアマテラスさまではなくゴリラに繋がる。
つまり、神話が歴史的事実ではありませんの。けれど、事実を超えた真実は確かにあって、事実と区別しながら歴史の背景を語っているという前提をもって読んでいただくといいですわ。
世界の神話とかめくってみますと、日本は南方系のエピソードがたくさん入ってますから、九州の熊襲や隼人の勢力が強かったというのがわかりますわね。
もちろん、北方系もいましたから、そこの人達が日本に来て、祀ったカミ様ともともとの氏族(宇佐氏・大神氏・辛嶋氏など)によって信仰されていたカミ様が結合し、最終的に応神天皇と習合して私(八幡神)たらしめているということなんですの。なんて重層的な私なんでしょう☆
その証拠に鹿児島神宮なんかは、私とはあきらかに系統の違う八幡信仰ですわね☆

同じようなカミ様に、細かな祠をあちこちに建てて、いつも私に対抗してくるウカさん(お稲荷・ウカノミタマノカミ)も、外来の秦氏が祭った女神ですわね。肩書が大好きで、ことさら「正一位」←偉いんですって!を自慢するいけ好かない女なんですの(-"-)
まあ、カミ様界ナンバー2の私の足元には及びませんわね。おほほほほっ。
ってなわけで、ミスリードの構造は、現代の尺度で国を見て歴史を語っちゃうってことですわ。
歴史の一部分を切り取って近代合理性で語ったら日本のカミ様はみ〜んな外来なんですのよ!!
この辺がすっぽり抜けちゃうと理路整然と間違って、嫌韓ムードの煽りを受けて、韓国のカミ様のシェアが一番高い!とか言う人達がいるわけですわね。
残念なことに、神社庁関係者の方にも、そんなことを言う方がいらっしゃいますの。
「もう〜!お・バ・カ・さ・ん☆ですわね」
前置きはさておき、今日はこの辺の事情も踏まえ、私のセキララな解体新書をご披露いたしますわ。
それでは、用意はよくて?
八幡神社について
では、はじめますわよ。
まず、全国14000以上(神社庁データ・祠など含まず)ある八幡神社のことですわ。同じ八幡神社なのにお祀りされているカミ様の組み合わせが違うってのはご存知かしら?
日和佐八幡神社の私の中の人は、応神天皇とそのお母さんの神功皇后と玉依姫。私の実家(宇佐八幡)とか別荘(百舌鳥八幡)なんかは、宗像三女神や住吉三神が祀られていますの。
なぜ場所によって組み合わせが違うの?って思われるかもしれませんけど、これは土地柄のせいだと思いますの。
後で詳しくご説明しますけど、応神天皇が神功皇后のお腹の中にいたとき、「この国を納めるのは応神天皇だ」と神がかりを受けますの。このカミ様の正体は、住吉三神とも宗像三女神とも言われますわね。
この方々はアマテラスさまやお父さんであるイザナギのお遣いですから、応神天皇がこの国をおさめ、死後は八幡神となるのは高い次元のカミ様に決められていたということですわね。
そんなこんなで日和佐八幡神社ですけど、なぜ応神天皇のお母さんの神功皇后はいるのに、お父さんの仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)がいないのか?ということになりますわね。宮司にお尋ねしましたら、一応、お祀りはされているらしいんですが、隅っこに追いやられている感じですわね(汗
(TдT)お気の毒に・・・。
なぜなら、仲哀天皇は実在性が不確かだと言われていますの。しかも、そのお父さんもまた、実在性が不確かなヤマトタケル(小碓命)なんですのよ。
ヤマトタケルはご存知ですわね?
生真面目で気性が荒かったので、お父さんの景行天皇に怖がられていましたの。だから、朝廷に従わない地方の平定を名目に遠ざけられて亡くなった悲劇のヒーロー?なんですの。
これは、熊襲や出雲の勢力と戦って平定したっていう事実を物語化したものですわね☆彡
景行天皇は超!子だくさん☆でしたから、一人くらいごまかしたってまぁイイか!ってなノリの創作なのかもしれませんわね。
では、実在性が不確かな仲哀天皇の后の神功皇后はどうなのか?という疑問が浮かびますわね。
こちらを理解するには、アメノヒボコ(天之日矛)という新羅国の王子のお話をしなければいけませんの。
アメノヒボコ
新羅国でとある娘さんがお昼寝をしていましたの。すると、日光で太陽の子を妊娠して赤い玉を生みましたの。それを農民がもらい受けて山道を歩いているとアメノヒボコに出会うわけですわ。
農民は、怪しい!と疑われるんですが、赤い玉を差し出して許してもらうんですの。アメノヒボコは、その玉を宮殿に持ち帰えると美しい娘になっちゃいますの。
その娘が美人だったから妻に迎えるわけですが、彼はわがままな性格だったので奥さんは愛想つかして里帰りしてしまいましたの。この奥さんの母国が私達の国、日本でしたの。
奥さんに出て行かれたアメノヒボコは慌て追いかけますが、辿りつけなくて日本海の但馬で一生を終えたそうですわ。
この地で結婚してできたたくさんの子孫の中に息長帯比売命(神功皇后)がおりますの。つまり、北方系ということですわね。
私を韓国のカミ様だとおっしゃる方は、この部分も切り取って論じておられるわけですわ。
でも、夫の仲哀天皇がいなかったかもしれませんから、私が外来かどうか断定できませんわね(・o・)
じゃあ、親がいなかったかもしれない私(応神天皇)は実在したのか?って疑問になりますけど、確かに存在しておりますのよ。
私(応神天皇)の本名を「ほんだわけのみこと」といいますけど、垂仁天皇の子供で物言わぬ王子として有名な「ほむちわけのみこと」が同一人物ということなんですの☆
ほむちわけのみことは言葉が話せなかった王子として有名?ですわね。ある時、オオクニヌシが出雲大社を立派なものに作り変えてくれってほむちわけのお父さんの垂仁天皇の夢に出てきますの。
そこで、ほむちわけ王子が出雲へ参拝に行くと言葉が話せるようになるっていうエピソードですわね。
この王子は確かに実在しましたの。
つまり、垂仁天皇と応神天皇の間にヤマトタケルと神功皇后の伝説が組み込まれちゃって、謎になっているわけですわね。
初代・神武天皇と十代・崇神天皇が同一人物だと言われている欠史八代の解釈と似ていますわね☆彡

八幡信仰に関する書物や地元の風土記なんかには、別のことが書いてありますけど、古事記や日本書紀といった公式な歴史書は、もちろん大和朝廷の正当性を高めるためもありますけど、地方の各々の豪族が好き勝手に作った神話を正し、公式見解にするためでしたの。
いつの世も、現場が正しいとは限りませんものね☆
もし、世界が普遍的なものであれば、世界の始まりや歴史は、全く同じでなければいけませんわね。
そうそう、玉依姫(たまよりひめ)を忘れるところでしたわ!!
このお方は、海のカミ様の娘さんで、初代・神武天皇のお母さんなんですの。
前回のレクチャーで海幸山幸に少し触れましたけど、ここでご紹介いたしますわ。
山幸彦と海幸彦
兄・海幸彦(ホデリノミコト)と弟・山幸彦(ホオリノミコト)は天孫ニニギとコノハナノサクヤビメの子供ですの。前回にも触れましたけど、炎の中で生まれましたらホデリとホオリと言うんですのよ。
実はこの間にも兄弟がいるわけですが、モブキャラ化していて影が薄いから割愛しますわね。
海幸彦は海で釣りを、山幸彦は山で狩りをしていましたの。ある時、弟のヤマサチが釣りをしたくなってお兄さんのウミサチと仕事を変わってもらいましたの。
ところが、ヤマサチはお兄さんの釣り針を海に落としてしまって(´・ω・`)ショボーンとしていると、海からシオツチというおじいさんが現れて、力になってくれたんですの。優しいですわね。
シオツチは、海の神のオオワダツミ(大綿津見神)のところへ行くようにアドバイスして、ヤマサチはそのようにしたしましたの。
そこで、オオワダツミの娘のトヨタマビメ(豊玉姫)と出会って恋に落ち、結婚しましたの。(*ノェノ)キャー
しばらく、楽しい結婚生活が続くわけですけど、ふとお兄さんの釣り針のことを思い出して、地上へ帰ることにしましたの。
お兄さんとは、なんだかんだで和解して、またいつもの生活に戻りましたの。そこへ、海の世界からトヨタマビメが訪ねてきますの。
「できちゃったから地上で生みます!」「よし!わかった」と産屋を立てているさなかに産気づいてしまいますの。
トヨタマビメは、出産するところは絶対に見ないでとキツく夫(ヤマサチ)に言い聞かせてましたけど、心配と興味本位でこっそり覗いてしまいましたの。
すると、な、なんと!産屋の中には大きなサメがのたうち回っていて、このサメから生まれたのが息子のウガヤフキアエズノミコト(鵜葺草葺不合命)ですわ。鵜の羽で屋根を作る前に生まれたので、「屋根ができてないのに生まれた」って名前になりましたの(汗
この素直なネーミングセンス嫌いではなくてよ☆そうねぇ、あらた(西新町)さんならさしずめ、
乳大房揺比女(チチデカフサユラシヒメ)とでも呼びましょうかね?

とまあ、本当の姿を見られたトヨタマビメは息子を置いて海の世界に帰ってしまいましたの。
羞〜耻心!ですわね。
玉依姫
それから間もなくすると、トヨタマビメの妹のタマヨリヒメ(玉依姫)が甥のお世話をするためにヤマサチを訪ねてきましたの。いまでいうベビーシッターですわね。下鴨神社のカモタケツヌミの娘(タマヨリヒメ)じゃありませんわよ(・ω<)
それがいつしか、母親代わりになり、成人すると、甥っ子と恋仲になっちゃってついには結婚してしまいますの!!
な、なんということ・・・。
そして生まれた4人の子供の末っ子が初代・神武天皇ということですわ。こうして、神の子である天皇に山と海のパワーが注入されるわけですわ。
ハピネス注入〜?ですわね!
じゃあ、なぜ日和佐八幡神社に玉依姫がいるかですって?
立島とか城山にお父さんのオオワダツミがいるからに決まっていますわー!!
そんなこんな愉快なカミ様たちがくっついた習合神が、私・八幡うるふなんですの。
我ながらなんて高貴なカミ様なんでしょう!つくづく私、サイコー!ですわ。
(人´∀`).☆.。.:*・゚
