お久しぶりです。こんにちは。
この文はメモ書き程度のものなので、あまり真に受けないでお読み下さい。
いま、中村町の紋「二つ巴」の意味を調べていて、太鼓の位置関係ではなかろうかとか、いろいろと勝手な想像を巡らして遊んでいるわけでありますが――、

やっぱり真相はわかりません(´・ω・`)ガッカリ…
深く考えると、大変そうなので、戎濱(丸に違い鷹の羽)のように忠臣蔵にあやかって“二つ巴”にしたのではないか?と赤穂大石神社の紋を眺めてみたりみなかったり。
山鹿流の太鼓が日和佐太鼓にところどころ似ているように聴こえたりするのは、(フィクションらしいですが)陣太鼓をイメージしているのではないかとか思ったわけです。
三つ巴が戦いの紋だとするならば、陣太鼓は二つ巴という関係は意外としぜんなわけでして、奥河町のちょうさに「三つ巴」が付いているのに打子には「二つ巴」であるというのが、そういうルーツを垣間見ているよう。
もう一つ、難しく考えてみると、中村町は額に町名ではなく「八幡宮」と掲げてしまうほど、たぶん八幡神が大好きな町であると思うので、その延長線上をカーブしただけかもしれません。
八幡神というのは、神仏習合のいろんなカミ様の集合体でして、日和佐八幡神社も、
- 主神…誉田別命(応神天皇)
- 母神…息長足姫命(神功皇后)
- 妻神…玉依姫命(神武天皇の御母后)
という感じに祀られております。
神話をつつき出すときりがないのですが、妊娠中でも戦う神功皇后とその息子の応神天皇。
諸説はいろいろありますが、ワンピースの登場人物であるルフィの兄・エースみたいな生まれ方をしていて、そのさい、腕の肉が弓具の鞆のように盛り上がっていたそうです。
巴の模様は、鞆からもきているそうなので、武神として八幡神であるわけがわかります。
他、妻神の玉依姫命(たまよりひめのみこと)(神武天皇の御母后)も祀られておりますが、玉依姫命は海の神の娘でして、神武東征の際に先導役となった海の神=塩椎神(しおつちのかみ)だとされております。
この塩椎神(しおつちのかみ)が武角身(たけつのみ)とたぶん同一人物でありまして、鴨族の祖を指していると思います。そんでもって、鴨族=葛城氏のことでありまして、その家紋が「二つ巴」なのでありました。
だから、中村町の紋のルーツは、玉依姫から鴨族までさかのぼり「二つ巴」を掲げているのではないか?!
という勝手な説の出来上がりであります。
過去のブログ記事に、
と偉そうなことを書いております。
もうちょうさの話でもなんでもないのですが、この鴨族のルーツは百済からやってきて、愛媛の大三島に上陸、後に関西の方に分流していったとされております。
だから、四国の布団太鼓は、愛媛から香川にかけてなんとなく九州っぽい雰囲気。
対して、徳島の布団太鼓は完全に大阪のものであるにもかかわらず、中村町のちょうさのトンボだけが、讃岐系と同じ結びなのがおそろしく謎であります。

(讃岐系っぽい結び)
もしかすると、中村町のちょうさは、鴨っぽい影響が入った町、もしくは住人によって設計された屋台なのかもしれません。
いずれにせよ、トンボの形にルーツがありそうということで、今日はここまでm(__)m

